吐血量、貧血検査なし出血死


慢性肝炎上部消化管大量出血死−医師側敗訴
宮崎地方裁判所平成4年3月27日判決(判例タイムズ787号241頁)


慢性肝炎、大量出血死、血液検査、上部消化管出血、問診、内視鏡検査、移送


 慢性肝炎による上部消化管出血のため病院で診察を受け、翌日検査のため再来するよう指示されて帰宅したが、その夜からまた大量出血し、翌朝入院したものの、 17時間後死亡した事実において、最初の診察の際、担当医師が病状の急激な重篤化を予想せず、出血量確認、血液検査等もしなかったことを過失と認めた事例である。

 亡患者は、昭和63年5月11日夕刻に2回吐血(丼1,2杯)したので、同日午後7時40分ころ原告(妻)とともに被告病院を訪れ、被告医師の診察を受けたものである。被告は、患者の問診に対する答が、同日午前3時ころの嘔吐に血液が混じっていなかったこと及びその夕刻の嘔吐の色が黒褐色であったことから、この黒褐色の嘔吐が上部消化管からの出血であると認識しながらも既にこの出血は止まっており、その量もそれほどのものではないと判断して、それ以上に問診をして出血量を知ろうとはせず、今直ちに検査等をして容体を詳しく調べなくても大事に至らないと考え、その黒褐色の出血の量についてはそれ以上には関心を払わずその診療録にこれを記載せず、出血量推定に必要な諸資料を収集するための血液検査等の検査は何もしなかった。そして、腹部に圧痛がなかったことから出血性胃炎と診断し、肝臓、胃潰瘍、吐き気止め、痛み止めの薬をそれぞれ投与したうえ、明日検査するから来院するよう同人にいってそのまま帰宅させた。


 「1 …上部消化管出血の患者の治療に当たっては、その疾病の性質上急激に重篤化してショック状態に陥っていく危険を常に孕んでいることから、まず患者のバイタル・サイン(脈拍、血圧、呼吸、体温)と全身状態を迅速、細心の注意を払って観察し、加えて血液検査等を実施して、重症度即ち出血量を速やかに判定し、その病態に即応した治療を施すことが要請され、かかる要請は上部消化管出血の患者の治療に当たる医師としては当然に認識していなければならないといっても差し支えのないことが認められる。

 そうすると、このように上部消化管出血は早期の的確な診断と緊急治療を要するいわゆる救急疾患のひとつであるから、かかる患者の治療に当たる医師には、急激に重篤化していくこともある可能性を念頭において、直ちに出血量に関して十分に注意を払ったうえで問診を行い、出血量の判定の資料を提供すべき血液検査等をなすべきであるという注意義務があるといってよい。

 しかしながら右に認定したとおり、5月11日午後7時40分ころから患者の治療に当たった被告は、 患者に上部消化管出血があると的確に診断しながら、これによって患者が急激に重篤化することがあるとは全く予想せず、その出血の量についてもそれほど関心を払わず、従ってその量を知るための血液検査等を行うことなく、簡単な問診からその量はたいしたことはないと判断したのであるから、このような被告の行為は、上部消化管出血の認められる患者の治療に当たる医師に要求される右注意義務に違反している、といわざるをえない。もしも、被告が右注意義務を尽くして患者に対して丹念に問診を行っていれば、先に認定したように患者と原告は吐血の量について丼1杯か2杯分あったと話し合ったぐらいであるから、同人からその吐血の量について丼1杯とか2杯とかの答を引き出し、たとえその正確な量を知ることは困難であったとしても、それがすぐには看過できない程の相当多量の吐血であった可能性を認識することができたと認められ、従って原告が翌日急激に重篤化していく可能性を認識することも可能であったというべきである。

 もっとも、右認定の5月11日当日の被告の診療経過に照らすとき、被告は、当日夕刻の原告の嘔吐物が黒褐色であったことから上部消化管からの出血はこのときには止まっており、従ってその場で直ちに対応処置をとらなくても差し支えはないと判断したのであるが、それはそのときに偶々出血が止まっている可能性が高いということ以上を出ないもので、上部消化管出血が辿ることのある前記認定の急激な転帰にかんがみると、被告の右の判断が相当であるとかやむをえないものであるとかというわけにはいかない。

 2 さらに証拠〈書証番号略〉によれば、上部消化管出血の場合、出血部位、病変の早期診断、露出血管の有無、出血の持続性、治療方法の選択、予後の判定等の目的で、循環動態が安定したあとには処置の第一として速やかに内視鏡検査を行うことが一般化しており、これにより出血部位の確認、出血の持続の有無、再発出血の危険の有無を知ることができ、合わせて内視鏡的止血法が開発されてからは、その診断、治療に抜群の成績をあげていることが認められるうえに、証拠〈書証番号略〉によれば、吐血・下血を主訴とする消化管出血は日常の臨床において遭遇する機会の多い病態のひとつであり、しかもその消化管出血の70ないし80パーセントが上部消化管出血であるから、このような患者の診察に当たる医師としては、まず上部消化管出血を疑って診療に取組むべきであることも認められ、これら認定事実に、既に右1において認定したように上部消化管出血はその疾病の性質上急激に重篤化してショック状態に陥っていく危険を常に孕んでいる救急疾患のひとつであるという事実を合わせ考えると、日常の臨床において医師が上部消化管出血の疑いのある患者にどのように対応するかについてそれ相応の知識を持ち合わせているべきものと期待してよく、従って上部消化管出血の患者を診察する医師一般には、当該患者の循環動態が安定している場合、速やかに内視鏡検査を行い、出血部位及び病変の早期診断、並びに治療方法の選択等をなすべき注意義務があると断じてもよいと考える。

 ところが証拠(被告本人)によれば、被告は内視鏡検査の技術を習得していないことが認められるから、この認定事実によるとき、被告は、右説示の速やかに内視鏡検査を行うべき義務を果そうにも果すことができないことにならざるをえないが、このように相当程度に上部消化管出血が疑われる患者の治療に当たる医師が内視鏡検査の技術を習得していない場合には、当該医師はその患者を診察すると直ちに、かかる検査、治療が可能な高次の医療機関へ移送すべき注意義務があり、かつこれを履行することを以って足りるというべきである。

 これを本件についてみるに、前記認定のとおり、被告が内視鏡検査の技術を習得していない医師でありながら、これらの検査が可能な高次の医療機関に移送しなかったことは第二・二の認定事実に照らして明白であるから、被告は、直ちに内視鏡検査、治療の可能な高次の医療機関へ患者を移送すべき注意義務に違反したものと認めるのが相当である。」