第6章 感染症予防

(C)医療研修推進財団, 2006



6.2 感染症疫学用語の解説

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6.2.1 伝染病発生の3条件

条件内容
病原体
 病原体であるかどうかを判定する基準
 ヘンレ・コッホの条件
1.その疾病に必ず存在
2.分離、純培養が可能
3.その純培養を感受性のある動物に接種することにより、同一疾病の発生
4.その動物には同じ微生物が存在し、再度純培養が可能
感染経路 病原体が感受性のある宿主に伝搬される経路
宿主の感受性 病原体が体内に進入して増殖するのを阻止できない状態(抵抗力がない状態)

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6.2.2 感染と発病

項目内容参考事項
感染 病原体がヒト、動物に進入して増殖または成長する状態進入の場所
皮膚、粘膜、消化器、呼吸器、生殖器、結膜など
宿主 病原体が生活する場所を提供するヒト、動物
発病 病原体の感染により、臨床症状、健康障害をおこした状態同義語 発症
感受性 病原体に対して抵抗力がなく、感染を阻止し得ない状態
潜伏期 感染から発病までの期間
不顕性感染 感染により病原体が体内で増殖しても発病にいたらない状態同義語 亜臨床感染
    潜伏感染
    無症状感染
顕性感染 感染して臨床症状、健康障害をおこした状態同義語 健康保菌者
 例:ポリオ、ウイルス肝炎、流行性髄膜炎
保菌者 臨床症状、健康障害がなくて、特定の病原体をもっている状態
(その病原体を排出している場合は潜在的な感染源になる。)
無症状保菌者 感染後臨床症状を呈したことのない保菌者

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6.2.3 感染と発病(続き)

項目内容参考事項
潜伏期保菌者 感染をうけてから発病までの潜伏期の間に菌を排出する状態例:ムンプス、麻疹、水痘、ポリオ
回復期保菌者 感染発病後、回復期に菌を排出し続ける状態同義語 病後保菌者
 例:ジフテリア、腸チフス、ウイルス肝炎、サルモネラ
慢性保菌者 長期にわたって保菌状態が持続する状態例:腸チフス、B型肝炎
混合感染 同時に2種類以上の感染を受ける状態
重感染 ある病原体に感染していて、さらに同じ病原体に感染すること
再感染 治癒後再び同じ病原体の感染を受けること
末期感染 慢性疾患の末期の状態で抵抗力が低下しているためにおきる感染
臨機感染 疾病や薬剤使用のために抵抗力が低下している場合におきる感染 院内感染同義語 日和見感染
 例:緑膿菌、変形菌、セラチア、バクテロイデス、MRSA


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6.2.4 感染症蔓延の指標

項目内容参考事項
発病率 定義された集団から限られた期間内に発生した患者数の曝露人口(Exposed population)に対する割合  限られた期間とは流行開始から終了時までをいう。
 感染症の場合の曝露人口の考え方
 厳密には発病する可能性のある者、すなわち定義された集団の中で感受性のある者(麻疹の場合は既往歴のない者のみ)。
 大部分が感受性者であるような疾患では、その集団の人口をそのまま曝露人口の代用としてよい。
曝露人口の同義語
 危険人口(Population at risk)
感染発病率 定義された集団から限られた期間内に発生した患者数の感染者(今回の流行で感染を受けた者)に対する割合
二次発病率 定義された集団(通常は家族、クラス、職場などの小さな集団)において、最初に発生した患者(初発患者Primary case)から、一定期間内に感染を受けて発病するもの(2次患者Secondary case)の割合。
観察期間は、潜伏期がわかっていない場合は発生が終息するまでをとる。
 家族内では密接な接触が考えられるので、しばしば2次発病率を観察する。(感染力Infectivityを知る手がかりが得られる。)
 初発患者からの感染可能期間が比較的短い疾患に適用可。
結核のように感染可能期間が長期にまたがる場合は、曝露期間も考慮する(観察人年を使用)
発端患者 初発患者と2次患者が区別できない場合は、最初に発見された患者を発端患者(Index case)という。
感染率 対象疾患の集団内における感染の程度を示す指標。
2つの概念が混同して用いられているようである。
 第1の概念: 集団の中で一定期間に新たに感染した者の割合(発病率と同様に分母は曝露人口を用いる)。
この指標は感染力を示す。
 例:ツベルクリン反応陽転率(動きを示す)
 第2の概念: 集団の中の一時点における既感染者の割合。
この指標は蔓延度を示す。
 例:ツベルクリン反応陽性率(静止の状態を示す)

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6.2.5 流行現象

項目内容参考事項
流行 限られた地域または集団において一定期間内に同一疾患が通常に比べて異常に高い頻度で発生すること
集団発生 職場、学校、寮、施設などの比較的小さい集団に流行がおきること
汎流行 世界的な大規模流行例:インフルエンザ
  1918年スペインかぜ
  1957年アジアかぜ
  1968年香港かぜ
地方流行 狭い地域に常在的に存在する流行例:ツツガムシ病
  古典的:信濃川、阿賀野川、信濃川流域
  新型:全国的に発生
散発発生 時間的、地域的に小数の患者が散発的に発生
趨勢変動 10年以上の長い周期で変動して流行がおきる。同義語 長期変動
循環変動 数年の周期で変動して流行がおきる。例:麻疹、インフルエンザ2-4年
  風疹6-10年
季節変動 季節により一定の変動をおこす。例:消化器系 夏−秋
  猩紅熱 秋−冬
  ムンプス 春−夏
不規則変動 一定の規則性がない。


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6.2.6 宿主の抵抗力

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6.2.7 免疫の種類と特徴

免疫の種類内容参考事項
活動免疫
自然活動免疫 過去に受けた感染(顕性、不顕性)により獲得した免疫。
一般に免疫は強く、長期間持続するが、一時的なものもある。
長期間持続するもの
 麻疹、水痘、風疹、ムンプス、百日咳、ポリオ、黄熱、痘瘡

持続期間が短いもの
 インフルエンザ、赤痢、りん病
病原体が体内に存在するときのみ(感染免疫)
人工活動免疫死菌または弱毒化した病原体、病原体分画、病原体の生産物の接種により獲得した免疫
 人工活動免疫を目的とする予防接種
1.生ワクチン
2.不活化ワクチン
3.トキソイド


1の例:BCG、ポリオ、麻疹、風疹、ムンプス
2の例:インフルエンザ、百日ぜき、日本脳炎、腸チフス、コレラ、発疹チフス、狂犬病
3の例:ジフテリア、破傷風
受動免疫
Passive immunity
自然受動免疫 胎盤、母乳をとおして母体から免疫抗体を受けた状態。
3カ月程度の短期間持続
例: 麻疹、風疹
人工受動免疫  成人の血清、回復期患者の血清、γ(ガンマ)-グロブリンの注射によって免疫抗体を受ける状態。
持続期間は1カ月程度で短い。
例: 麻疹、A型肝炎
集団免疫 集団の中で目的とする病原体に対する免疫をもつものの割合が高く、流行をおこしにくい状態。
免疫をもたない感受性者の割合が高くなると、流行をおこしやすくなる。
その割合は、病原体の種類によって異なる。
 限界濃度
 感受性者の割合がある値以上になると流行がはじまるが、その限界点


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6.2.8 感染経路

経路内容参考事項
直接伝搬感染した宿主または病原巣から直接病原体が運ばれる場合をいう。
直接接触:性交、キス
飛沫による伝搬:くしゃみ、咳、会話
病原巣に接触:土壌、堆肥などに身体の一部が接触
垂直感染直接伝搬の特殊な例であり、感染妊婦から胎盤、母乳を通して胎児、乳児に感染が波及する場合。
胎盤を通ずる感染は、胎盤感染ともいう。
垂直感染の例
梅毒、風疹、トキソプラスマ症、B型肝炎、成人T細胞白血病、AIDS

経路内容参考事項
間接伝搬病原体が宿主に進入する経路として、水、食物、器物などの身の回りのものを介する媒介物感染、動物を介する媒介動物感染、空気を介する空気感染に大別される。
 媒介物感染日常生活用品(食器、衣服、寝具、玩具)、医薬品(ガーゼ、包帯、生物製剤)、水、食物などの媒介物をとおして感染する場合。
水系感染:水道水、井戸水の汚染による感染。
水系感染は限られた時間の汚染によることが多い(単一曝露)。
水系感染では水中で病原体が希釈されるため、以下の特徴を有する。
水系感染の特徴
1.短期間に多数の患者発生
2.汚染された水系に限られた患者発生
3.性、年齢にかかわらず発生
4.低い発病率、重症例が少ない、致命率が低い
5.長い潜伏期
例:赤痢、コレラ、腸チフス、パラチフス、A型肝炎
食物感染:食物、ミルクなどを介する感染。
夏期の高温時の不適切な保存により、食物が病原体の培地の役割を果たす。
その結果一般に感染菌量が多く、以下の特徴を有する。
食物感染の特徴
1.発病率が高い
2.食堂、宴会、パーテイなど共通の食事をとったものから発生
3.夏期高温時に発生頻度が高い
4.短い潜伏期
例:赤痢、腸チフス、コレラ、パラチフス、A型肝炎
 媒介動物感染昆虫や他の非脊椎動物が病原体の伝搬に関与する場合をいい、機械的感染と生物学的感染がある。
機械的感染:昆虫の口、足に病原体を付着させて運搬しておこす感染
例:腸チフス、赤痢、コレラ、ポリオ
生物学的感染:媒介動物自身が病原体に感染し、体内で増殖がおこり、感染させる。
例:マラリア
 空気感染空中に浮遊する微細粒子によって、主として気道粘膜に病原体が運ばれておきる感染で、媒介する粒子の種類により、飛沫核感染と塵埃感染がある。
 肺から進入する感染では、微粒子の大きさが問題になる。(直径5ミクロン以上では、肺胞まで到達しない。1-2ミクロンの大きさが最も危険)
飛沫核感染:咳、くしゃみにより、空中に排出された飛沫の水分が蒸発した残留物で、長時間空中にとどまる。
塵埃感染:土壌、床、寝具から生ずる粒子で、風によって空中に浮遊し、宿主の進入門戸に達する。
例:コクチオイデス症は砂漠地帯の砂嵐の後におきる。


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6.2.9 流行調査

項目 内容   参考事項  
目的      ある疾患の発生が増加した場合、それが流行かどうかを確認し、原因を明らかにする。
その上で速やかに有効な対策を樹立して、流行による被害を最小限にとどめると共に、再度流行が発生しないよう合理的な予防方策を明らかにする。
 流行調査は、即座に必要な対策を講ずることを目的とするので、応急調査ともいう。
流行の有無と規模の認知
1.患者発生情報の入手
 医師の届け出、一般住民、施設・学校からの通報などによる情報が保健所に集まる。
 保健所ではこれらの情報を注意深く監視し、流行の存在が疑われる場合、できるだけ早く流行調査を実施する。
 日頃から地域の医療機関、関係施設、住民組織等との連絡を密にするように努める必要がある。
 特に初期の情報が重要なので、できるだけ詳しく記録しておくと後で役立つ。
2.診断の確認
 報告された患者が同一の疾患であるかどうかを確認する。
これが流行調査の出発点になる。
3.流行の認知
 患者発生数が異常に多いかどうかを客観的に判断する。
 過去の発生状況(年次別、月別、日別)を基準にして、異常に多いかどうかを判断する。
 変異図表を用いて、過去の発生頻度を越えているかどうかを統計学的に判断することもできる。
4.流行規模の認知
 場所(地域、所属施設、学校、クラス)、時間および患者の属性(性、年齢、職業、行動、習慣、嗜好)などから考えて、どの範囲に流行が及んでいるかを戸別訪問、聞き取り調査などで確認する。
  例:学校で流行がある場合、一部のクラスだけか、他の学校にもみられるか、家族、周辺住民にも波及しているかを観察する。
項目 内容 参考事項
流行像の記述
1.時間
患者発生の状況に応じて、時間別、日別、週別、月別などの間隔で 患者発生数を記述する。
単一曝露の場合(点流行):急峻な一峰性のカーブで左右対称。
 例:ブドウ球菌、腸炎ビ ブリオなどの食中毒
 二次患者が発生する場合:カーブの右の裾野に小さい山ができる。
 例:コレラ、赤痢、腸チフス
 人から人への連鎖感染の場合:長期間にわたり患者発生が持続。
動物、昆虫を介する感染の場合:それらの生態を明らかにする。
 例:猩紅熱、麻疹、水痘
2.場所
 患者の住所地が通学区域、水道の給水地域、特定食品の販売区域などと一致するかどうかを明らかにする。
 時間と場所を組み合わせて観察すると、流行地域が時間と共に動く様子が明らかになる。
3.人の属性
 性、年齢、職業、行動、習慣、嗜好などの要因について、患者の発生頻度を記述する。
 外来伝染病では海外旅行の有無が重要な鍵をにぎることがある。
項目 内容 参考事項
流行の原因究明
1.感染経路の解明
 共通経路による感染か、連鎖伝播による感染かは、流行像の特徴により判断することができる。
 会食による消化器伝染病の集団発生は、単一曝露による共通経路感染の代表的な例である。
 この例では各食品の喫食有無別発病率または発病有無別喫食率を計算して原因食品の推定を行う。
2.原因物質の検索
 容疑食品に対する微生物学的検索、化学的検索を行う。
購入経路、製造元まで追跡を行う。
 水系感染の場合は、水源、給水経路の異常の有無を調べる。
3.感染源、汚染源の追求
 調理者、食品取扱者、配膳担当者など容疑のある者に対してできるだけ早く、臨床的、微生物学的検査を実施する。

 感染源、汚染源の解明には、初期に収集した情報が重要な手がかりを与える。
 調査の遅れ、本人の隠蔽などにより、解明しえないことがしばしばある。


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6.2.10 病原体の性質

項目内容参考事項
病原性 病原体が感受性のある宿主に発病させる能力。
感染発病率は病原性を示す指標の1つである。
 病原体の発育速度、組織に与える病変の強さ、毒素の産生も病原性に関係がある。
毒力 病原体の増殖により、宿主の生活機能に与える障害の強さをいう。
 発病した者のうちの重症例の割合、発病したもののうち死亡する者の割合(致命率 Fatality rate)は、毒力を示す指標の例である。
 致命率の例
  狂犬病 100%
  ラッサ熱 10-20%
  日本脳炎 35%
発病菌量 発病を起こすのに必要な病原体の量。
 この量以上の菌量で発病し、通常は菌量が多いほど発病率、重症化率、致命率が高くなる。
感染力 病原体が宿主に進入し、感染をおこす能力をいう。
感染力の強い疾患では2次発病率が高い。
 感染力の強い疾患
  麻疹、水痘
 感染力のやや弱い疾患
  風疹、ムンプス
免疫性 病原体が宿主に免疫力を与える性質をいう。
免疫力の持続期間は病原体によって異なる。
 麻疹、黄熱の感染では一生持続。
溶連菌、淋菌では 短期間持続。
抵抗性 病原体が自然界で生存する能力。
病原体の種類によって異なる。
病原巣 病原体が本来増殖して生存している場所。  例:赤痢(ヒト)、狂犬病(動物)、コクチジオイデス(土壌)、ツツガムシ(節足動物)
感染源 ヒト、動物、汚染された水、食物、日常生活用品、感染した節足動物など、宿主に病原体を伝搬する媒体。
 ヒト、動物の場合は、病原巣が直接感染源になり得る。


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6.2.11 昆虫媒介伝染病

種類病名昆虫名
マラリアハマダラカ
日本脳炎コガタアカイエカ
デング熱ネッタイシマカ、ヒトスジシマカ
黄熱ネッタイシマカ
マレー糸状虫トウゴウヤブカ
バンクロフト糸状虫アカイエカ、ネッタイイエカ
ダニツツガ虫病ツツガムシ
野兎病キチマダニ、マダニ
Q熱マダニ
ダットン回帰熱ヒメダニ
ロッキー山脈紅斑熱カクマダニ
シラミ回帰熱ボレリアヒトジラミ
発疹チフスコロモジラミ
ざんごう熱ヒトジラミ
ノミペストネズミノミ
発疹熱ネズミノミ
サシバエリーシュマニア症サシチョウバエ
フレボトームス熱スナバエ、サシチョウバエ
トリパノゾーマ症ツェツェバエ
オンコセルカ症ブユ


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最終更新日: 2006年 09月 07日
執筆者名: 柳川 洋,所属:埼玉県立大学学長